鳴戸 ~岩戸開きたる音が鳴る





この2年の間、導きから『情けを捨てよ』と散々くどいほどに言われてきたことが、今ほんとうによく理解できる。

しかし、どれだけの人が【情け】に振り回されなくなったのだろうか?




他人の死というものを・・・

そして「自分の死」をしっかりと見つめてきたものは

コロナウィルスの騒動で回りがいくら慌てふためいていても慌てないはずである

慌てふためくのは

情けの水に浸かりすぎているゆえ

自分にかける『情け』ゆえである




スピリチュアルの世界は『死』の先にある世界

それをちゃんと理解していれば『死』そのものに振り回されることはないはず

そして『死』を超えたところから『生』を見る

それは「肉体」を離れた『魂』の立ち位置から「改めて」自分の生を見るということ



今まで毎日のように多くの人が死んでいっている

しかし人々はそれを「見る」ことをしてこなかった

遠くにある別次元のことのように実感を持たずに・・・

しかし、ウィルスは『死』というものをまざまざと見せつけた

自分にも関係があるかもしれない『死』の現実

自分に降りかかるということでようやく『見る』ようになった


しかし

まだまだ自分に関りがあると思えるものだけが大事で

それ以外の『死』は別次元のこと

だから

自分に直接関りがあるものだけが重大事


でもそれは『見ていない』だけ

どんな『死』も自分に関りはあるのである





ウィルスは「生存」の意思を持つのみである

それ以外の作為など何もない

そこに善悪など何もないのである


ウィルスが殺してきた人の数より

人が人を殺してきた数の方が圧倒的に多い

ウィルスを忌むように

ただ「生きたい」と願うだけの人を人は殺してきた

作為で・・・・




身体を離れ『魂』の立ち位置から『生』を見ると

人の命が軽くなるわけではない

むしろその重さ大きさを知ることになる

それは

人と神が一対のものだからである

そして

この世の『生』が大切なものだからである



人の『生』の奥に神の『勢』がある

悪の奥にでさえ神の『勢』がある



理(ことわり)として在るべくして在るものを

善悪より分けて悪の方を無くそうとしても

理として在るものは無くなりはしない

それゆえ『悪』は『淀み』となる

その『淀み』を解消する者を

人は『悪人』と名付けた

『悪人』を生み出すことで自らは『善人』と成らんがために


そうして淀みを生み続けて

やがて『歪(ひず)み』となった

それでもまだ『淀み』を生み出すことをやめない




ウィルスの騒ぎが去っても

次に襲ってくるのは自らが生み出した『淀み』の大津波である

引き寄せの法則と言って様々語られてきたが

淀みの大津波はまさに自らが引き寄せるものである

この世で生まれし『淀み』は

あの世でも生まれているではないか




自分だけが良い世界などない

天地自然に他者があっての「世界」である

天地自然に他者が良くならねば

自分も良くなるわけがない




善悪より分けて『善』を作れば『悪』が残る

残った悪をまだ放置するか?



今が改心の時である








癒し人 Healer by Koji

龍使いの女神の力と龍使いの力を持つ癒し人 ヒーラー & セラピスト 独自のヒーリングセラピーで『魂』まで【癒し】をお届けします そして女神の力で世界を癒します

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