神縛りの煉獄 ~『囚われの女神』続き




偽りの神


地獄的想念が地獄を現出させるのと同じように、歪んだ神奉りは上ならぬ横や下の世界に『歪んだ神界』を創出する。

それは幽界に出来た神ならぬ神が神のふりをしているような場所。
そして、歪んだ神への祈りはこの歪んだ神の世界の神ならぬ神を呼び出す。


そんな神を偽る神ならぬ神に翻弄されて、人は神を私欲に使う。


私欲に応える神などない。


それは私欲では真の神界に繋がらないからである。
繋がらないものは応えようがない。
仮に繋がったとて応えもない。
あるのは『目覚め』を起こすための導き。
しかしそれは『願い』とかけ離れた応えゆえ人は気付かず無視をする。

『あくまで願いを叶えてくれるのが神』

給料を先に払えと言い

かといって給料分働かず・・・

である。





崇(あが)めると祟(たた)る


祟りを恐れて奉る神祀り
それはひとえに『縛る』が目的である。


縛るために奉る

縛るための縄をはり、鏡の理(ことわり)を利用して、『祀るがごとき縛り』を行う。

祟りを恐れてあちこち神奉り。
神を型にはめ境界を作り『こちら側』へ来させないため祀る。

それは地獄を生み出すのと同じ思想と仕組み。
偽りの煉獄に神を閉じ込めんとするものである。
それゆえ神を閉じ込めた『大罪人』が神を閉じ込めた場所へゆくと、真の神々の怒りが現れる。

『岩戸閉めたは神ならず人である』



囚われの女神を解放したとき

『詳しい答えは後で』

と言われていた。


そして施術のあと睡魔に襲われ抵抗できず4時間ほど眠っていた。

そして目覚めてこれを書いている。

これが『囚われの女神』の答えである。


『神祀りで縛られた女神を解放した』


ということである。




恐らく・・・

しばらくこのようなことが続く・・・・

『縛られた神々の解放』である。




本当の神祀りとは『奉(まつ)らう』ことであり『祭る』ことである。

常に共にあり『意』を同じくすること。

それは『意乗り』である。


祭りの神輿(みこし)は『我が身』

どこかに隠された【神宝】などではない。



人蓋見よ いつ無成や?(一二三四 五六七八?)

ひふみ唱えて省みよ

岩戸開かれ言(九十)出ずる







癒し人 Healer by Koji

龍使いの女神の力と龍使いの力を持つ癒し人 ヒーラー & セラピスト 独自のヒーリングセラピーで『魂』まで【癒し】をお届けします そして女神の力で世界を癒します

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