火の道




どんなに優れた教えでも

時とともに朽ちて行く


教えの上に胡坐をかいて

教えを美麗に飾り付け


教えを届かぬ高みに上げて

気付けば誰も歩めぬ教え


道を失い

歩むすべを失い

中身のない器だけが残る

飾り付けた器だけが残る



ただの器に神は降りない

神が宿るのは働く器

働くは道を歩むこと

その動き有る器に神は宿る


教えを背に意を張るキツネ

トラの威を借りるキツネのごとし



だから

神の「導き」は教えではない

道の先を示す

歩むべき道の歩み方を示す

それが神示

けっして答えはない

示されたものに「応える」のが道



神の示しは

心に灯る火

思いの火

情熱の火

それは「歩み」の原動力

夢であり

希望であり

喜びであるもの

そして「歩む」ことで

恵みとなり

栄となり

生命となり

繋がりゆくもの



手の届かぬ高みへ上げた教えはもはや意味はない

誰もが手のとどく道こそが

本当に必要な神の示し


手の届かぬ教えに神は無し

手の届かぬ器に神は無し

美麗な器に胡坐をかき

高みの教えに胡坐をかく

我よしとする神々がいるならば

改心するべし


美麗な器を出て

高みから降り立ち

再び道を歩むべし


歩まねば道とならず

道無ければ歩めず


心に起こる火が照らす先

それが道である