先日、竹生島から動き出した『天津彦根神』の一つ目の龍は、今もなお【渦】を巻きながら【大掃除】を続けています。
たまたま買った今年のカレンダーの6月が、みごとに同じ姿の一つ目龍を顕していました(笑)
悪の華
自分が負うべき汚れの掃除を忌み嫌って他人に押し付け
自分だけは綺麗でいようと手を汚さず汗をかかず
そんな汚れの【因】が淀みとなりて
大きな悪の汚れを生み出す
見てないふりをし
気付かないふりをし
なかったことにしてしまいたいものを記憶の彼方に押し込める
しかし記憶の彼方などない
それは握った手の中にいつまでもある
負うべき汚れの掃除を負わないがために
汚れが広まり淀みとなり
そんな淀みを
誰かが負うから無くなる汚れ
しかるに汚れを負ったものを【悪】とする
汚れの上に穢れを塗るように
掃除せよ
己(おのれ)が負うべき「悪の因」は己で片づけなければならない
放置するから別の悪が生まれる
淀みが広がり大きくなって
【巨悪】が生まれる
己で負って昇華すれば
どんな淀みにも【花】が咲く
【悪】を無くしたくば
己が負うべきを己が負え
『悪を抱き参らせる』
花を咲かすは己次第
みごと蓮の花を咲かせてみよ
それが【祓い】なり
・・・・・・・
祈り
夢中になり我を忘れるとき
【神妙】の領域生まれる
そこは神と繋がる場所
我(が)は捨てても捨てられぬ
在るものは在るべくして在る
喜びを追え
祈りは意乗り
夢中の中の意が神となる
我の無き意こそ神の意
自我の先にある真我である
『斬り結ぶ 刃(やいば)の下こそ 地獄なれ
たんだ踏み込め 神妙の剣』
・・・・柳生石舟斎
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