隠身(かくりみ)なり

*福知山市 産屋の里・大原神社に奉納されている慶長時代の【天の岩戸開き】の絵



創世の神々は仕事を終えると必ず『隠身(かくりみ)』となって、三千世界を蔭から支える存在へと移り変わってゆく

それが『古事記』に再三書かれている神の【隠身なり】という記述


天之御中主神から始まり、代々神々は【隠身】となっていった

そして【国譲り】の際にも【大国主】と【事代主】の両神とも【隠身】となった


だがそれは同時に国々に住まう人たちからすれば『今までの光を失った』ように映る

まさに『太陽が隠れた』状態なのだろう



それゆえ、国を譲り受けた【天津神】は再び【太陽】を地上に復活させる必要がある

天鈿女が踊り唄い新たな太陽を導き出した



ゆえに太古の神々は『隠された』わけではなく、自ら『隠身』となりて蔭から世界を支える存在となっている

そのようにして『天地創造』の時代から連綿と続く神々の大いなる御業が為されてきたのだろうと思う



『隠身』とは『見えにくい』だけであって存在は続いている


『限身(かぎりみ)』であるこの現世(うつしよ)は、『駆身(かけりみ)』たる龍神たち神々に包まれ、さらにその外側には『耀身(かがりみ)』たる神が包み、さらに『仮凝身(かごりみ)』、そして『天地創造の源である『隠身(かくりみ)』の神々へと広がり重なり繋がっている


『隠身』たる神々はすべての存在の中にあり、かつすべての存在を包み込んでいる


目に見えない【三千世界】あまねく『隠身』となって蔭ながらすべての存在を在るべく在らしめている




仏法に【一念三千】という言葉がある

一念の心に三千の諸法を観ずる

一念の心にある三千の世間

天地に十界あり

その十界にさらに十界あり

そのことごとくに十如是(実相)あり

そしてそれら全てに三世間(感覚・感情・現実世界)あり


それを三千世界という

その三千世界すべてに広がる【意識】

元つ創造の神から連なる神々が【隠身】となり

この世をこの世たらしめている


そしてこの世の在り方が変わるとき

新たな神が顕れ

かつての神は【隠身】となる



【隠身】となりた神々は

今も我々を包み込みながらこの世をこの世たらしめている

自分一人で成しえたと思えることでも

神々が手を差し伸べ言霊を授け常に道案内をしているから成しえたことばかり

誰一人として

神々の愛無しに生きてはいない

善も悪も

赦されて存在している

それらはすべて創造のための愛

それを知ったとき

本当の【赦し】が訪れるのだろう・・・・