【雷】とはよく言ったもので、神々からの言霊はまさに【神鳴り】の如きもの
それは、遠く微かな次元で起こり、それを受け取るのは【真澄身(ますみみ)】たる【奇魂(くしみたま)】
そこかっら直霊(なおひ)を通過して、三次元の【荒魂(あらみたま)】まで降りて来る。
直霊が真っすぐなれば真っすぐ受け取れるが、四魂が乱れて直霊が捻じれていれば、その言霊も捻じれる。
そんな微かな言霊の【導き】は答えに非ず
指先で方向を指し示す如きもの
神々が指し示した指先に何があるのか?
そこには何の意味があるのか?
そもそもそれは誰のための言霊か?
そして、それはどなたの言霊か?
言霊は自分だけのためのものに非ず
同時に複数の、多数のために意味を成す言霊もたくさんある。
自分のためであり誰かのためのものであり・・・
更に、一つの示された言霊の指先に、様々な神々や霊たちが力を合わせてくれている。
それはそれはありがたいことである。
大きな目標のために三千世界が同時に動いているのである。
重なる次元の様々な存在が、同時に動いているのである。
それゆえ邪魔するものも三千世界に様々いる。
だから導きを間違えたりするのである。
心の中に自分自身に対して隠しでいること、見ないように目を背けていることがあれば、そこは影となり【依霊(よりひ)】の住家となる。
心は常に静まらず、心の水面は常に波うち導きの言霊も歪んで映る。
それゆえ【明鏡止水】の心が大切となる。
【瞑想】は言葉や言霊を真っすぐ写し取るための【明鏡止水】を作るためのもの。
ですが、私自身【瞑想】が大嫌いで全くしておりません(笑)
【瞑想】という形にとらわれることなく【瞑想状態】である【明鏡止水】に至れればいいわけです。
心が静まり心の水面に映るものを感情の波に揺らすことなく静かにあるがままを見つめ認め理解できる状態
それが【明鏡止水】です。
導きは様々あります。
そして、人は【導き】無しに生きてはいないということ。
自分で気づき自分で考え自分で行動し自分で結果を出したように思えても、その過程で様々な導きが入っています。
【導き】とは・・・・
三千世界が同時に共和しながら世界が形作られているということ。
次元の違う世界が重なっているからこそ、次元間で影響し合っているということ。
それは、とりもなおさず「別次元の世界が他の次元世界に影響する」ということである。
この三次元から他の次元を垣間見ることは難しい。
しかし、それは他の次元からも同じこと。
【我】に寄れば四魂は乱れ直霊は捻じれ、霊界の住人といえど他界はわからず・・・・
他界にありても直霊が真っすぐなれば他界と繋がりやすいはずである。
そして・・・
中には【力】あるものもある。
他界と繋がり影響を与え得る力
そんな者たちがいる。
【令和】は【和】への【号令】
三千世界【共和】せよ
その三千世界が【和】した世界が【ミロク世】というのだろう。
五感を研ぎ澄ませ
心を静めよ
静まった六根に映る真実を受け取れ
重なる世界を感じ取れ
神々が指し示す指先を感じ取れ
自分の魂が語る言霊を感じ取れ
そして
神々の愛を受け取れ
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