道理の境界

ルールや決まり事、広くは法や社会システムに至るまで、その根底には『道理』というものがあります。
『物事の道理』と言いますが、その道理の『境界線』は曖昧なもので、人によってその線引きは違います。

常識的に社会に通用している『道理』は、はたして正しいものなのか?
自分が使っている物事の『道理』ははたして正しいものなのか?


線引きの基準に正解や間違いはないと思います。
しかし、『何を基準にして線を引くか?』という違いに『良し悪し』は存在するでしょう。
良し悪しと言うよりも『好き嫌い』と言った方がいいかもしれません。


一般的に通用する道理を通すことで、『間違いではないがそれをすると人の心がどんどん離れていく』ということが多々あります。
多々あるということは、道理の線引きの基準が『人との調和に無い』ということでしょう。


元来『道』や『理』とは人と人が調和し潤滑するための基準となるはずのものです。
しかし、それがいつしか基準がずれていき、人との調和や潤滑するための『道理』では無くなってきているのでしょう。


『物事の道理をちゃんと考えているのに』何故か人がどんどん離れていってしまう・・・
それは基準としている線引きが、人との調和を欠いたものであるからです。
一般的に『それでいい』と思われていても、それは自分が思っている『基準とは違う』ということです。

いくら世間一般で『正解』といわれている道理でも、人との調和を欠いたものであれば、それは真の『正しさ』ではないということでしょう。



人はついつい『正解』を追い求めたがります。
いわゆる『答えは一つのパラダイム』に陥っているからです。
だから『多数意見』に流され、『肩書』きに流され、『権威』に流されて、気づけば自分が思ってもいない『基準』を大事に順守してしまっているのかもしれません。


【答えは外側にはない。自分の内側にのみ在る】というのは、自分の心が【善し】とする【基準】のことです。
自分の心が真に【善し】とする【基準】を自らの【道理】として言葉と行動を一致させる・・・
それが【誠】というものです。

その【誠】を基準とした境界線の【道理】をもって歩めば、決して大切な人が離れていくことはないでしょう。
言を成す
心と言葉と行動(成す)を一致させることが【誠】です。
その【誠】こそが自分の【真ん中】
天鈿目(アメノウズメ)の中心の【渦】を貫く鈿(かんざし)たる【柱】

それが神々と繋がる【宮】の【柱】です。
【柱】なくして【宮】は建たず
【宮】なくして【神々】へ繋がる【扉】無し・・・ですね。



癒し人 Healer by Koji

龍使いの女神の力と龍使いの力を持つ癒し人 ヒーラー & セラピスト 独自のヒーリングセラピーで『魂』まで【癒し】をお届けします そして女神の力で世界を癒します

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