言問い(こととい)


一昨日、『言問い』をするために神戸三宮の『生田神社』へ赴いた。


神社に着くなり鳥居手前にある左右二か所の摂社(海神社・松尾社)で何やらおかしな動きをしている人が居る・・・

祠の手前の足元に何やら白い粉?を撒いて、そこへさらに水を撒いている。

「いきなりか・・・仕方ない」

ぶつぶつ言いながら、その人(女性)の後から「ひふみ祝詞」で祓いをして回る。

その方は境内に在る摂社の数か所にそれを行っていって、満足して帰っていった。


余計な時間を取られてしまったが、気を取り直して目的の場所へ向かう。

『生田の杜』の中にある『神功皇后』の摂社が今回の目的です。


六甲山を囲むように『神託』があったとして様々な社を開基していった神功皇后であるが、美麗に飾られた数々の物語は何かを『隠すため』なのだろうと・・・

そのことを『言問い』するために来たわけです。


しかし沈黙・・・・・・(-_-)

その沈黙の中に何か『バツが悪そうな』感じが入り込んできた。


そして帰宅したのち、やがて『応え』が返ってきた。


唐櫃石神社


神功皇后の『金鶏伝説』の地である。

それと同時に


甲山(かぶとやま)

三石神社


の二つも飛び込んできた。

その瞬間「ピン!」と来た。


「壊したな?」

『仕方なかった』という悲し気な言霊


『国家平安』のため兜を埋めたとされる大義名分はしいて言うなら権政者の平安である。

その実は『神を呪う』儀式であり、そこに空海は『神呪寺』を建立した。

『神呪寺』には巨石の残骸のようなものが多く転がっているのである。

また、六甲山の周辺「六ケ所」にも兜を生めて『国家平安』を祈願した。

これが『籠目封じ』である。

わが夫を『祟り』で殺されたとして、『祟り神』とみなして封じたわけである。


そして和田岬にある『三石神社』

《神功(じんぐう)皇后摂政元年(200年)、凱旋の帰途上陸され、三つの石を立てて神占いをした結果、廣田・生田・長田・住吉の神々を其の地に祀らしめた儀式の地である。三石神社HPより》


「三石なのに四つの神社を配置しているぞ?」

『・・・それはオリオン』



三石とは『オリオンの三ツ星』のこと。

それを四つの星(廣田・生田・長田・住吉)で囲うもの。

オリオンとは三ツ星を隠すために四つ星を配した『檻隠(おりおん)』である。

そして三ツ星とは『三女神』である。


「これは意味があるのか?」

『・・・・・・・・・』


まあ、それ以外にも『越木岩神社』や『保久良神社』の砕けた岩石たちもそうなのだろう。



それにしても・・・・

さすがに六甲山頂の磐座までは手が出せなかったのか。





そんなわけで本日、唐櫃まで行ってきました。

途中、『六甲比売大善神社』の守りである『多門寺』に寄ったのだが・・・

もはや鬱蒼とした雰囲気に包まれていた。

「これも守りではないのかもしれないな」

そう思いながら同寺を後にして唐櫃へ向かった。


《多門寺》



住宅街の中の小学校の隣にポツンと小さな森がある。

そこが唐櫃石神社である。


周囲を見回すと・・・・

石がゴロゴロと散乱している。


あきらかに『砕かれた』わけである。



ヘブライ語の『かごめうた』の顛末といったところなのだろう。

ヘブライ語のかごめうたを知りたい方は検索してみてください。



ちなみに

天に唾をすればやがて返ってくる。

たぶん、それがこれから始まるのだろう・・・・・





癒し人 Healer by Koji

龍使いの女神の力と龍使いの力を持つ癒し人 ヒーラー & セラピスト 独自のヒーリングセラピーで『魂』まで【癒し】をお届けします そして女神の力で世界を癒します

2コメント

  • 1000 / 1000

  • 淺田 こーじ

    2020.12.29 13:43

    @たまごコメントありがとうございます。 少し調べてみましたが、このあたりは『浦和』という地名が残っているように、元々は海辺の地域だったようですね。 そして『氷川女體神社』に『磐船祭祀遺跡』というものがありますね。 『磐船』と言えば『ニギハヤヒ』です。 かつて日本から中東(シュメール辺り)までを『葦原中津国』と呼んでいたころ、ニギハヤヒは『タルトコ船』という一隻で千人も乗れる巨大な船で葦原中津国を行ったり来たり飛び回っていました。 その一つの拠点としてここ大宮の『氷川神社』周辺が『宮』として存在していたのでしょう。 近くの『見沼』には『馬場小室山遺跡』という縄文時代の集落跡がありました。 おそらく後々も『ニギハヤヒ』を祀っていたのではないかと思います。 更に、氷川神社は『出雲斐伊神社』の神様の御分霊を祀っているようです。 この神社には『加具土命』が祀られています。 たまご様が『火』のイメージをお受けになっているのも頷けます。 神門(カムド)=竈(カマド)ともなります。 そして、海辺であったということはおそらく『水』も同時に祀っていただろうと思います。 厳島神社のように山には『火』を祀り、海には『水』を祀るという形です。 浦和のあたりは海が無くなってしまっているのでその名残が消えてしまっているかもしれませんね。 わずかに『磐船祭祀遺跡』という形で残っているのでしょう。
  • たまご

    2020.12.28 11:52

    何度もコメントしてしまい申し訳ありません。 こちらの記事を拝読してから、どうしても頭にひっかかるワードがあり、もし何かご存知であればご教授頂ければ幸いです。 お気にさわりましたらこちら削除下さい。 オリオンの配置になっている神社と聞いて、住まいの近くにある氷川神社群(埼玉県)=鏡にうつった逆さまのオリオン座の配置を思い出しました。 同時に鼓星の神門(カムド)、オリオン座=神門=シュメール語でカ・ディンギルというワードが頭に浮かびました。 何のことかわからず、オリオンの三つ星の一つを構成する氷川簸王子神社(ひかわひおうじ)を調べたところ、簸王子=火王子?とわかり、淺田様が仰る火水の火のことなのかな?と思いました。 これ以上は調べてもわかりませんでした。 氷川神社群はすべて、龍神やアラハバキを祀っている神社らしいのですが…。 悶々として、思わずコメントしてしまいました。 ご迷惑でしたらこちら削除下さい。