櫻傾(さくなだり)の大祓






『悪』とは 過ぎたる『我(が)』である

過ぎたる『我』が歪みを生むゆえ『悪』となる


だが神はけっして『悪』を憎んではいない

それどころか

『我』すら通せず守れぬものをこそ嘆く

『毒にも薬にもならぬものは憐れ』と・・・


されど同時に『我を捨てよ』と言う

だが矛盾しているわけではない



世界は『調和』で成り立っている

それは『共生』しているということ

我(われ)在るは他在りてこそ我(われ)も在る

我(われ)も尊き 他も尊き

ゆえに『調和』成り 我(われ)存在す



他を尊ばぬ『我(が)』は調和を壊し

やがて巡りて自身の尊厳を奪う

奪われぬため『我(が)』を張り

他の尊厳を奪うを『守る』と間違い

『我(が)』に振り回され自分を見失う



自分とは『調和』あるゆえ在る存在

様々な命が繋がり合い関わり合い助け合い

その『横』の繋がりが常にありて命は連綿と続いてゆく

それが『調和』という横の『まつり』



おのれの小さき『我(が)』を張れば

調和の『まつり』が壊れる

ゆえに『我(が)を捨てよ』と言う

小さき『我(が)』を捨てて

『調和』を守るという『大きな我(が)』に溶け込めと言う


『我(が)』はあってもならず無くてもならず・・・である。



『調和』を守るにも『我(が)』が必要である。

だから『我(が)』を張る『悪』を神が憎むことは無い。

むしろ『好き』だと言っている。



強き『我(が)』は意志の炎

それは世に巡りを生む力となる『龍』の如きもの

ゆえに神は『悪』を愛する。


だがその小さき『我(が)』の張り合いが

『調和』を壊し『まつり』を壊し『世』を壊した



『我(が)』で壊れた世界

『我(が)』で立て直すしか術無しう

『我(が)』で始まりて『我(が)』で終わる

ゆえに『小我』をまとめて『大我』と成して

『調和』の『大河』の流れと成す




怒涛のように荒れ狂う『我(が)』の渦に

飲み込まれては浮かばれぬ

ゆえにおのれの『我(が)』を張って

『調和』の『大我』の『大河』と成して

末代枯れぬ調和の『まつりの世』と成し

『扶桑』の大樹を真ん中に

四方八方 上下合わせて十方世界十万世界

まつりて『調和』する『松の世』と成る



『我(が)』の『櫻花(さくらばな)』咲き乱れ

散りて流れて『大我』と鳴り成り

小さき『我(が)』を飲み込む大渦(おおうず)

高山の末 短山の末より

佐久那太理に落ち多岐つ

『大祓』の『大河』也

櫻傾(さくなだり)の大祓なり




癒し人 Healer by Koji

龍使いの女神の力と龍使いの力を持つ癒し人 ヒーラー & セラピスト 独自のヒーリングセラピーで『魂』まで【癒し】をお届けします そして女神の力で世界を癒します

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