以前から『式神』を使うように『龍』を使うことがある。
それを行う時の多くは『場の浄化』
それを行う時に自然と『式神』を使うように『龍』を使う。
実際は陰陽師が式神を『使役』するようなものではなく、場を浄化するために『龍を放つ』わけである。
そのときに、決まって口をついて出てくるのが『摩利支天』の真言。
摩利支天とは『陽炎の女神』である。
そして、日本では『忍び』がよく使っていたのがこの摩利支天の『隠形』の真言。
それは、『陽炎の如く捉え難し』ということである。
陽炎とは『現象』であり、その『現象』の女神ではなく、摩利支天は実体のない『太陽の光』そのものであり、光が『陽炎』という現象を『露わ』にするのである。
実は、なぜ『摩利支天』の真言を唱えるのか全く分かっていなかったが、『准胝観音』で現れる姫の姿を知って悟った。
初めはこの摩利支天の真言で龍を「隠すのか?」と思っていたが、隠しても仕方ないであろう。
『准胝観音』も『摩利支天』もどちらも仏教では珍しい女性の仏である。
女性仏が使う天部の女神も女性となる。
つまりは『摩利支天』の真言で龍と摩利支天が和合し『太陽の光を持った龍』となり、『場の浄化』を行うということ・・・・
だったんだと最近ようやく理解した。
密教では『降伏金剛』とも言われる『准胝観音』が放つ『摩利支天の龍』が、邪悪なものを『降伏』させる『龍』と変化する・・・ということだ。
これ以外にもあちこちで使ってきました。
まあ、本当に浄化されるので我ながら驚きです。
そういったものが一つひとつわかってきた上での ↓これです。
三界共和の日の出と共に、三界共和した戦いが始まる。
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