祓いの剣




祓いとは『払う』ことではなく

祝詞の『祓い』の如く『罪咎穢れ』を赦し縺れを解脱(ほど)いて『生命の巡りを元に還す』こと

それは大元の神の御許へ還すということである


執着、煩悩などの罪穢れにより彷徨える意識の生命を

清浄な循環へと還し戻すのが『祓い』であり

世の様々な彷徨える意識を一度に還すのが『大祓い』である

けっして埃を『払う』ように祓うことではない



全ての生命は霊的存在である

つまりは『霊そのものが生命』であるということ

それを認知するのがスピリチュアルのはずなのだが

それを意識していない人が多い

ゆえに簡単に霊を『払う』という発想になる

悪霊、禍霊、依霊といえど消したり退治したりするものではなく

あくまで正常な巡りに還して、源へと還してゆくのが『祓い』である



たとえ人が気に入らないからといって、安易に人を消したり退治したりすることはないだろう

しかし、それが霊となると急に安易になる

人と人は対等であるが霊は別という意識がどこかにある

自分自身も『霊的存在』であることを忘れて

対等であるはずの『霊的存在』に対しては治外法権のように扱う

もしこの世に『法』による『取り締まり』がなければ安易に人を消してしまうのだろうか?


法によりなんとか押しとどまっているというのなら、それはもはや人の尊厳もなく理性もモラルも無いものとなる

霊の領域に人の『法』が及ばないからと、安易に扱っているのだろうか?


自分が尊いなら他人も尊い

それは自分という霊的存在が尊いなら、他のどんな霊的存在も尊ぶもののはず



『祓う』とは霊の囚われを解脱(ほど)いて光へと還す作業である

しかし、まるで埃を払うかのように安易に『祓って』という人は多い

そんな簡単なものではない

犬や猫の霊が憑いたからといって、まるで処分するような『払い』は、犬や猫を安易に処分するのと何ら変わらない


自分が霊となり彷徨い、助けを求めて人に訴えたとき、『払って』といって『ぽい』と払われたらどうだろう?

『気持ち悪いから』といって『ぽい』と捨てるように消されたらどうだろう?



スピリチュアルに目覚めたというが、自分が『肉の身を纏った霊』であることをちっとも認識していない人が多い

だから簡単に『払って』となる


何かを伝えようとしているのは大切な先祖かもしれず、または自らの『守護神』かもしれず、または自らの守護神が寄越した『使い』かもしれず・・・



神々の祓いや浄化も『巡りに還す』ということである

悪いからといって安易に消したりすることはない

あくまで思い残しや執着など煩悩による『罪穢れ』の『鎖』を解き放ち巡りへ還すのが『祓い』である



霊の世界は人の世界のように法や秩序が無いと思っているのかもしれないが

そこには曲げようのない『理(ことわり)の道』がある

そして何より『この世とあの世は写し鏡』であるということを忘れてはならない

法や取り締まりが無くても『人の道』に反すれば


この世であろうとあの世であろうと同じ事



『祓い』で剣を振るうのは、『罪穢れ』の『鎖』を断ち切るため

執着を求めて断ち切り巡りへと還すための『剣』である

けっして『霊を斬る』ためのものではない

それをするのは『よほどのこと』があるときだけである

不動用王の炎で焼くのは『煩悩』であり『霊』そのものではない

右手の剣は執着の鎖を断ち切り、左手の縄は断ち切った煩悩の執着を縛るためのもの

けっして霊を斬ることは無く、霊を縛ることはない



人は霊止(ひと)である

人と獣の境にあるのが人間

自分が霊的存在であるということを自覚し行動するのか

あくまで獣のような肉の存在としての人間として行動するのか

それは、自ら『道』に添うか、法や取り締まりが無ければ道を外すのか・・・

神々の浄化が止まった今

そんな岐路に立っているのだろうと思う







癒し人 Healer by Koji

龍使いの女神の力と龍使いの力を持つ癒し人 ヒーラー & セラピスト 独自のヒーリングセラピーで『魂』まで【癒し】をお届けします そして女神の力で世界を癒します

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