天恵




今から3年半ほど前の2016年の年末

3日間にわたり高熱を発し

一人静かにただひたすらに寝て

水と栄養剤の摂取だけで過ごした

そして4日目

自分が宇宙そのものであることを知った


膨大な幾何学模様の光のマトリックスで

生きとし生ける人の運命が紡がれて

誰一人かけても光の織物は成らず

慈しみの中で導かれながら光り輝いていた


それは『目覚め』の始まり



高熱により身体の中の不純な生き物が死滅し

身体の中の余計なものが排出されつくし

綺麗に洗い流された身体

何にも煩わされずただただ熱に身を任せていた心は

囚われなく

自分の明日への執着さえなく

ただただあるがまま受け入れた

たとえこのまま死のうとも・・・・・




実際、自分が何を手放し何を握りしめているかなど

こんなことがなければわからないものである

手放したつもりでも

こんなときに執着が顔をのぞかせたりするものである




たとえ心が執着なく手放せていたとしても

現実の営みの中で情のしがらみというものには囚われている

だから

今度はそれらの現実の『手放し』が始まる



余計な現実をそぎ落とすように

自分の手から離れていく

たとえそれが身内であろうと

『余計な巡り』を生むものは剥ぎとられてゆく

そこで『執着』を起こせば

囚われの巡りの中にあるまま




さらに

自分の分の中にある『制限』

自分で自分に課したものであったり

社会から課せられたと思っているものであったり

そういった『制限』の数々を自らの意思で

壁を超えるように超えていかねばならない

かつては身の縮むような思いであったもの

そんなものさえ超えていくほど囚われは消えている




そうして自分には『何もなくなった』と心の底から思えたとき

本当に大切な、そして必要なものだけが戻ってくる

それが自分が生きる本来の『道』

その『道』に無垢な裸で帰って来た時

道の先に『神の祝福』が散りばめられていることに気付く



それら『神の祝福』を

しっかりと『祝福』として受け取れるか?

かつての『執着』があればそれらは

単なる『出来事』として通り過ぎてゆくだろう

自分が『魂』の側に立ち

何ものにも囚われなく見たときに

ようやくそれが『祝福』であると気付く

幾何学模様の光のマトリックスが

あの祝福で満ちていることにあらためて気付く



それらの祝福に気付けたとき

ようやく

ようやく『神』と結ばれる




自分の心が囚われ枷があれば

結ばれた神も囚われ枷を受ける

わざわざ『枷』に囚われるために神が降りてくるわけはない


それは『今』だけでなく『この先』も

囚われ枷とならない

『もう大丈夫』

そうなって初めて神は降臨する

神がこの世に何かを成すためには

『枷』無き人と結ばねば

この世に何も残せない



神の意志を

自らの恐れや慾で止めてしまわないよう

自らの情や怠惰で止めてしまわないよう

自分という『人の身』を乗りこなし

神の意を運ぶ



いくらお金を積んでも得られない『至高の宝』

それは何ものにもまして『高価』なもの

自分の『ほぼ全て』を差し出して

ようやく受け取れるもの



本当に『手放し』が出来ているなら

本当に『制限』が無いなら

神は来ているはずである

誰もがそれを成し得る

その日を神々は待ちわびている






癒し人 Healer by Koji

龍使いの女神の力と龍使いの力を持つ癒し人 ヒーラー & セラピスト 独自のヒーリングセラピーで『魂』まで【癒し】をお届けします そして女神の力で世界を癒します

0コメント

  • 1000 / 1000